Vol.1 スペシャルインタビュー:過去

スペシャルインタビュー:過去「学生時代の研究が生んだ、世界的発見」

遊ぶように学んだ学生時代
私は、昭和17年に東京で生まれ、幼少の頃は愛知で過ごしました。
小学校はクラスメイトが14人、戦後の何もない時なのでその時の遊びと言えば、星を見ることや蛍を数えることぐらいでした。思えば、自然に興味をもつようになったのはその頃がきっかけですね。
その後中学生のときに東京に戻ってきましたが、雑草の名前を覚え、道端でその花を探したり、虫を観察したりと自然に対する興味をもち続けました。
研究者になりたいと思ったのは大学生になってからですね。楽しく何かを学ぶのが好きだったので、大学2年の春休みには友人と勉強合宿をしました。後にノーベル賞をもらう朝永振一郎さんの『量子力学』を、伊豆の民宿で10日間自炊しながら輪読しました。
その夏休みには中学校で出前授業をしながら旅行をしました。事前にいくつかの中学校に手紙を送り、福井県と島根県の中学校から快諾いただいたので宿直室に泊まりながら数日間連続の授業を行いました。私はこのとき理科を教える楽しさに気づきました。
このように自分が楽しみながら理科に触れてきた経験が研究者と教育者の素地になっているかもしれませんね。
そして、大学4年生の時に「試薬の純度」というテーマで卒業論文を書きました。卒業すると同時にそれを学会で発表し、その後研究者を目指すために東京大学の大学院に進みました。
そして、大学院修士課程1年生の時に「光触媒」を発見したのです。
飽く無き研究が世界の常識をかえた
光触媒の発見は、電気分解に光をあてたらどうなるかということから始まりました。
大学1年生の時に、アメリカとドイツの研究者が書いた「シリコンに光をあてて水にいれると溶けてしまう」という論文を読みました。その際、他の物質で実験したらどうなるのかという好奇心をもちました。そしてまだ研究で使用していない材料はないかと探しまわったところ、偶然にも出会ったのが、酸化チタンの単結晶でした。
酸化チタンで実験をした結果、シリコンのように溶けずにガス(酸素)が発生したのです。光をあてると酸素が出る。この反応は、植物の光合成反応と同じだと気付いたのです。つまり植物の光合成時の葉緑素の役割を酸化チタンが行っているということです。光合成のような自然の力による反応が人工的にできたということに、とても感動しました。
その後、実験結果を学会で発表したのですが専門分野の先生方には自然の現象を人工的に作ることはありえないと言われたのです。
そこから理解してもらうまでが大変でした。先生方に実験を見てもらったり、様々な観点から論文を発表してみたりといろんな方法で認めてもらえるよう努力しました。 そして、徐々に認めてもらえるようになった頃、雑誌「Nature」にて論文を掲載してもらえることになったのです。
雑誌「Nature」に論文が掲載されることは難しいことなので、新聞やニュースで報道され、日本だけではなく、世界からも注目されるようになりました。
また、掲載された翌年の1973年に、第1次オイルショックがあり、酸化チタンの表面に光をあてると水から水素をとれるということで、石油の代わりになると評判になりました。始めは全く認めてもらえなかったので、認めてもらえたことはとても嬉しかったですね。
次に、光触媒がエネルギー問題に応用できることは分かっていましたが、すぐにできる応用は何だろうと考えました。 東京大学の先端科学技術研究センターの所長も務めた橋本和仁先生に手伝ってもらい、彼と2人で世の中に役立つものにしようと話し合いました。そこで、「消臭」「殺菌」「汚れを防ぐ」などの作用をターゲットにしようと決めました。そして、当時研究室の学生で、現在秋田県立大学で准教授を務めている菊池英治先生が、自分の出身高校の先輩でTOTOに勤めていた渡部俊哉先生(現在東京大学先端科学技術研究センター教授)に話をして、トイレのタイルに使おうということになりました。
まずは、殺菌効果がある酸化チタンをトイレのタイルの上に透明にコーティングしました。すると、匂いの元になる菌は発生せず、アンモニアも発生しませんでした。これを基に次の実験として、病院の手術室の床の壁をコーティングした結果、手術の後でも殺菌された状態が保たれていました。
その実験が成功したことが広まり、空調メーカーで空気清浄機に光触媒を使いたいというお話をいただき、フィルターの上に酸化チタンをコーティングして、空気清浄機を作りました。その空気清浄機は世間に広まり、100万台という桁売れました。
これらの実験を経て、光触媒はどんどん応用され、皆さんの身近に普及していきました。さらには、中学校や高等学校の教科書に「光触媒」という言葉が掲載されるまでになりました。今の状況に至るまでいろいろと苦労をしましたが、こうやって実用化されたこと、社会に広まり役立っていることで光触媒を発見した甲斐があったと思っています。

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